宵闇に咲く華 第一話海斗が両性具有です、苦手な方はご注意ください。1858年、会津。 「ここでよろしいでしょうか、カイト様?」 「うん・・」 この日、海斗は付き人であるナイジェルと共に花見に来ていた。 冷たく厳しかった冬が終わり、美しく咲き誇る桜を見ながら海斗は春を感じていた。 「法事に出席されなくて良かったのですか?」 「うん。あんな醜悪な所に居たら、俺まで醜くなってしまう。」 「カイト様・・」 ナイジェルは、少し寂しそうな主の顔を見ながら、彼女が置かれている境遇に胸を痛めていた。 海斗は、東郷家の側室である実母が病死し、正室の元に引き取られたが、その正室は海斗を蔑ろにした。 海斗が赤毛で男女両方の性を持つ下級の丙種、即ちオメガであるからだった。 この世には、甲・乙・丙という第二性が存在する。 優秀であり、支配階級に多く属する甲種―アルファ。 人口の大半を占める乙種―ベータ。 そして、繁殖目的の為だけに存在する丙種―オメガ。 アルファとオメガとの間には、「運命の番」というものが存在する。 家族以上の強い絆で結ばれた番同士は、永遠に結ばれるという。 (運命の番、かぁ・・俺には、そんなの関係ないけれど。) 海斗がそんな事を考えていると、向こうから姦しい娘達の笑い声が聞こえて来た。 「ナイジェル、もう帰ろうか。」 「はい。」 ナイジェルと共に弁当が入った重箱を片づけていると、数人の娘達が二人の前に現れた。 「あら、誰かと思えば行き遅れの海斗様ではありませんか?」 娘達の中で一番美しく、背が高い娘が海斗の前に現れた。 「誰かと思ったら、この前わたくしに薙刀で一本も取れなかった美沙様ですね。一人だとわたしに敵わないから、徒党を組んでわたしに嫌がらせをしに来たのですか?随分と暇なのですね。」 「なっ・・」 「では、これで失礼します。」 怒りで顔を紅潮させている美沙に背を向け、海斗はナイジェルと共にその場を後にした。 家臣の娘同士でありながらも、美沙と海斗は会えば喧嘩ばかりしていた。 海斗の父・洋介が自分の父親の上役ということもあり、美沙は海斗の出自について人目のない所で良く嘲った。 しかし、海斗はそんな美沙の言葉など気にしなかった。 天地が逆さになろうとも、己の出自を変えられないのはわかっているし、そんな事で嘆くのは無駄だとわかっているからだ。 「只今戻りました。」 「海斗様、お帰りなさいませ。皆様、もう帰られましたよ。」 「ありがとう。」 海斗は女中の清に礼を言うと、足早に自分の部屋に入った。 「海斗は何処なの!?」 「奥方様、海斗様ならお部屋にいらっしゃいますよ。」 廊下で義母と女中の声が聞こえ、海斗は咄嗟に押入れの中に隠れようとしたが、その前に彼女達に見つかってしまった。 「海斗、お花見は楽しかった?」 「義母上・・」 「お前に、話があります。」 「わかりました。」 海斗が友恵の部屋へと向かうと、そこには幼馴染の森崎和哉の姿があった。 「和哉、どうしてここに?」 「海斗、あなたはまだ、番を見つけてはいないわよね?」 「はい・・」 「それなら丁度良いわ。海斗、あなたの縁談が決まりましたよ。お相手は、森崎家の親戚筋の方よ。」 「小母様、待ってください、海斗は・・」 「和哉君、状況が変わったのよ。ごめんなさいね。」 そう言った海斗の義母・友恵の目は笑っていなかった。 「海斗、僕は何があっても、君の味方だからね。」 「ありがとう、和哉。」 和哉を屋敷の裏口で見送った海斗が溜息を吐いていると、そこへナイジェルがやって来た。 「海斗様・・」 「ナイジェル、心配してくれてありがとう。」 「海斗様、お箏のお稽古のお時間ですよ。」 「わかった。」 側室の子でありながらも、友恵は海斗に武家の娘に相応しい教養を身に着けさせた。 はじめは友恵に反抗していた海斗だったが、ナイジェルのある一言で変わった。 「知識と教養は、一生の宝となりますよ。」 ナイジェルは、海斗が物心ついた頃から傍に居てくれた。 幼い頃病弱だった海斗に、ナイジェルは良くお粥を作ってくれたし、今でも辛い時ナイジェルは何も言わずに傍に居てくれた。 「ありがとうございました。」 「海斗様、何か悩みがあったら相談して下さいね。」 「先生・・」 「では、わたしはこれで。」 海斗の箏の師匠・山本は、そう言うと彼女の手を優しく握った。 ―ねぇ、聞いた?海斗様が・・ ―そうそう、まさかあの方の元に嫁がれるなんて・・ ―噂によると、あの方は無惨絵を描くのが趣味だそうよ。 ―厄介者を押し付けられたという事ね。 女中達の話し声が聞こえ、海斗は読んでいた本から顔を上げた。 「お姉様、失礼するわね。」 「洋・・」 海斗の妹で友恵の娘・洋は、袖口で口元を覆うと、こう言った。 「陰気臭いわねぇ、この部屋は。」 「何の用?」 「別に。ただお礼を言おうと思って。わたしの代わりに、あの厄介者を引き受けて下さってありがとう。」 「洋、それはどういう事?」 「母様なら何も聞かされていないの?まぁ、当然よね、あの厄介者が番欲しさに娘達を手籠めにしようとしたから、姉様に白羽の矢が立ったのよ。」 洋は意地の悪い笑みを海斗に浮かべると、次の言葉を継いだ。 「姉様が丙種でよかった。お陰でわたしは、和哉様の元へと嫁ぐ事が出来るわ。」 洋は言いたい事だけ言うと、海斗の部屋から出て行った。 (所詮、俺はこの家の厄介者でしかないんだ。) オメガとして産まれた我が身を、海斗はこの時程呪った事は無かった。 同じ頃、会津から遠くにある江戸の道場では、一人の男が木刀を振るっていた。 「それまで!」 「ふぅ・・」 面を外し、汗で乱れた金髪を軽く払った男の姿を垣間見た女達が、黄色い悲鳴を上げた。 「ジェフリー、また腕を上げたな。」 「どうも。」 美しい金髪をなびかせ、蒼い瞳を煌めかせた男の名は、ジェフリー=ロックフォード。 この道場に通う旗本の嫡男で、アルファである彼を狙って、連日道場の外には女達が彼の姿を見たいが為に集まっていた。 「相変わらず人気者だな。」 「それ程でもないさ。」 ジェフリーはそう言いながら、道場を後にした。 「あの・・」 ジェフリーが町を歩いていると、一人の町娘が海斗に声を掛けて来た。 「ありがとうお嬢さん、気持ちだけを受け取っておくよ。」 ジェフリーに微笑まれた町娘は、その場で気絶しそうになった。 |